磁石につく液体「磁性流体」
磁石で動く黒い液
砂鉄を使えば磁力線の姿を見ることが出来ましたが、他にはどんな方法があるでしょうか?
プラズマは磁力に沿って曲がるので、一応は磁力線の姿を描くことが出来ますが、プラズマ発生装置など普通は手に入りません。
もっと簡単で、砂鉄よりも少し高度な「磁性流体」に挑戦してみましょう。
磁性流体とは?
磁性流体とは、簡単に言えば磁石にひっつく性質を持った液体のことを指します。
砂鉄の液体バージョンといえばわかりやすいかもしれません。
元々はNASA(アメリカ航空宇宙局)が1960年代に、無重力化で液体をうまく動かすために研究していた物です。
宇宙には空気も重力もないので、大気圧を利用しているポンプなどでは燃料などの液体を運ぶことが出来ません。
そこで、磁力で制御できる液体として考案されたのが磁性流体です。
磁性流体の仕組み
磁性流体は、鉄など磁性のある物質の粒子が、液体の中に浮かんだ構造をしています。
普通は砂鉄を水や油に入れても溶けることは無く、底に沈むだけです。
しかし磁性流体では、非常に細かい鉄の粒子が沈まないまま液体の中に散らばった「コロイド」という状態になっています。
身近にあるコロイドは牛乳です。
「水と油」というように脂肪は水に溶けませんが、牛乳の中の脂肪分は水と分離せずに均一になっています。
溶けず、沈まず、細かい粒子のままで漂っている状態がコロイドです。
他には、霧(空気と水の粒)、インク(油と染料)などがコロイドとなっています。
牛乳が水の中に脂肪の粒子が漂っている状態であるように、磁性流体では鉄などの金属の粒子が液体の中を漂っている状態となっています。
磁性流体の材料
磁性流体の材料は次の3つの材料から作られています。
1.磁性を持つ粒子
2.ベースとなる液体
3.粒子を液体に溶かす薬剤
粒子は磁石にひっつく成分で、砂鉄と同様の磁鉄鉱や、磁石を作っているフェライトなどが使われます。
粒子の直径はインフルエンザウイルスの10分の1(10ナノメートル)程度と、非常に微小です。
ベースとなる液体は油性タイプの物と水性タイプの物があり、使用目的によって使い分けられます。
粒子を溶かす薬剤は、界面活性剤という物です。
洗剤は代表的な界面活性剤で、分子の一方が水に溶ける部分、もう一方が油に溶ける構造をしており、油汚れを包み込むことで溶かす仕組みです。
磁性流体でも、界面活性剤が粒子を取り囲んで液体になじませるとともに、粒子同士を反発させて固まらないようにしています。
磁性流体の作り方
磁性流体は普通に買うことも出来ますが、25mlで5000円程度と非常に高価です。
せっかくなので、自分で作ってみましょう。
売られている物ほど高性能な磁性流体を作るのはかなり難しいのですが、「近い物」なら簡単に作ることが出来ます。
用意する物
・レーザープリンター用詰め替えトナー
・サラダ油
レーザープリンターでは、プラスチックでコーティングしたミクロサイズの粉(トナー)を、静電気の力で紙に吸着させることで印刷を行います。
黒のトナーはカーボンと鉄粉の混合物を使っており、磁性を帯びています。
さらに、プラスチックが界面活性剤の役割を果たしてくれます。
使うのは必ずレーザープリンターの詰め替えトナーにしましょう。
普通のプリンターのインクは使えません。
トナーもメーカーによって鉄粉の含有量が異なり、少ないトナーではうまくいきません。
中には磁性を持たない材料を使った非磁性トナーという物もあるので、買うときは注意しましょう。
作り方
サラダ油にトナーの粉を溶かしていきます。
粘液上になるぐらいまで溶かせば、出来上がりです。
トナーは細かい粉塵なので、吸い込むと良くありません。
必ず、汚れても良い服装で、マスクなどをした上で作業をしましょう。
100円ショップで小さな漏斗を買っておくと非常に便利です。
磁石を近づけると、黒い液体が生き物のように移動します。
磁石を下に置けば、磁力線に沿って近づいてドーム状に盛り上がり、二つの磁石の間に置けば、磁石を繋ぐようにしてひっつきます。
トナーの粒子の磁性が十分に強く、油との比率が最適なら、写真のような「スパイク」という現象が見られます。
実際にこれと同じ現象がみられなら、完璧にできている証拠です。
(なかなか簡単には行きませんが……)
砂鉄で写真のような「針玉」が出来るのと同じように、スパイクは磁性流体が磁石から出る磁力線に沿って盛り上がった物です。
トナーを使う以外には、磁気テープの表面を覆う粒子を有機溶剤のアセトンで溶かし落として作る方法があり、こちらの方がうまくいくようです。
ただし、アセトンの扱いは難しく、費用もそれなりにかかります。
磁性流体の使い道
現在では、磁性流体は機械部品のシール、衝撃ダンパーなどに使用されています。
機械部品のシールは、部品と部品の隙間を塞いで、ほこりなどの余計な物が入ったり、空気が漏れたりしないようにするための物です。
動く部品同士の間を完全にふさぐのは難しいのですが、液体なら部品がいくら動いても隙間が出来ることはありません。
磁石にひっつくので、磁石を利用した部品ならいつまでもシールしておけます。
身近な所では、パソコンのハードディスクドライブの回転する軸の部分に磁性流体のシールが使われています。
これにより、ほこりを防いだり、回転の時に出る音を抑えたりしています。
衝撃ダンパーは車などで衝撃を吸収する機械のことです。
バネ、空気、オイルを使って衝撃を受け止める物が一般的です。
磁性流体は磁力を受けると粘りが変化するという性質があり、これを利用することで「粘りを変える→衝撃を受ける強さを変化させる」という芸当が可能になります。
また、磁力線に沿って自在に動き、緻密な形に変化するので、これを利用したアート作品も作られています。
磁石を動かすと磁性流体も移動しつつ形を変えるので「動くアート」にもなります。
個展などが開かれることもあるので、興味がある人はチェックしてみましょう。